ドアを開けたら酸っぱいニオイがツーン!
現在、こんな事件が急増しています。想像してください。いきなりお酢臭を胸いっぱいに吸い込んだ瞬間を。そりゃムセますよ。げふげふごほ。
「まさか……売上低迷に業を煮やした会社が醸造のサイドビジネスを!?」
いえいえ、実はもうちょっと深刻なお話です。謎のお酢臭事件に隠された秘密をひとつずつ解きほぐし、「企業情報喪失のリスク」についてご説明して参ります。
これまで寄せられた報告によると、お酢のニオイが立ち込めていた部屋にはある種の共通点があります。多くの事案では「開けた瞬間にキた」「まさかココで…」皆さん意表を突かれてダウン寸前に追い込まれたようです。
なかなか凶悪なトラップです。
では、まずその「異臭部屋」がどんな部屋だったのか確認してみましょう。ここに大きなヒントが隠されていることは明白なのです。
資料室、倉庫室、資材室、マイクロフィルム室など
すべての部屋の共通項は「しまいこむ場所」であること。あやしいニオイがプンプンしますね。このニオイをたどり、行き着いた先にあったモノはなにか。
それが「マイクロフィルム」だったのです。
若い世代の方々には、もしかしたらもう隣の惑星くらい馴染みのない話かもしれませんが、実は最近でも多くの企業で採用されていた「最強メディア」なのです。
では、ここでおさらい。なぜマイクロフィルムが「最強メディア」と呼ばれていたのでしょうか。ここでマイクロフィルムの特長について整理してみましょう。そして、「最強メディア」と呼ばれたマイクロフィルムがなぜ「お酢」のニオイを発するようになったのか、その謎に迫りたいと思います。
これほどまでに世界から信頼を得ていたマイクロフィルム。それが倉庫や資料室にしまい込まれているうちに、異臭を放つ物体に変化していたこの事件。さらに詳しい証言を集めると、マイクロフィルムにはさらに大きな異変が起こっていることがわかりました。
なんと、フィルム自体が大きく歪んだり、縮んだり、ひどいものでは溶解・癒着が発生していたのです。触ってみると、フィルム全体がベッタベタ。そして確かに鼻を突く酸っぱいニオイがしています。まさにマイクロフィルムの変死事件といった様相です。
一体誰が、何のためにこんなことを…。
実はこれが「マイクロフィルム最大の危機」として世界的に報じられた「ビネガーシンドローム」という現象なのです。
「ビネガーシンドローム」とは、長期保存されていたマイクロフィルムなどのフィルムを構成する素材「セルローストリアセテート(TAC)」が湿気や熱によって化学変化を起し、酢酸化してしまう現象のこと。
この変化が起こる際に、フィルムは寸法の安定性を喪失。また画像を焼き付けている乳化剤も化学変化を起し、結果として曲がりや歪み、縮み、溶融、癒着などを引き起こしてしまうのです。
「ビネガーシンドローム」を起こしてしまったフィルムは、再生機によるプレビューはもちろん現像なども不可能。もはや復活させるすべはありません。マイクロフィルムをはじめとするフィルム類の致命的変質。それが「ビネガーシンドローム」の正体なのです。
前項でも述べたとおり、「ビネガーシンドローム」を引き起こしているのは、1950年以降にフィルムベース材として用いられていた「セルローストリアセテート(TAC)」という物質です。
この物質を温度24℃・湿度50%の環境で約30年、30℃・湿度50%の環境では約15年程度でビネガーシンドロームが発生すると言われています。これが35℃・湿度70%の環境ではわずか6〜7年程度で発症するという報告も。TACベースのマイクロフィルムでは、これまで信仰されていたマイクロフィルム永久媒体神話は完全に崩れ去ったといって過言ではないのです。※
※1890年当初に用いられていたのはニトロセルロース。その後1950年頃からはセルローストリアセテートが用いられました。しかしこれらセルロース系ベース材の可燃性や自然発火の可能性が露見。1990年ころからはすべて「ポリエチレンテレフタレート(=ポリエステル=PET)」に差し替えられました。PETベースのフィルムでは、こうした「ビネガーシンドローム」は発生しないと言われています。
温度 | 湿度 | 発生年数 |
---|---|---|
24℃ | 50% | 約30年程度 |
30℃ | 50% | 約15~20年程度 |
35℃ | 70% | 約6~7年程度 |
こうした致命的変質となる「ビネガーシンドローム」を防ぐためには、マイクロフィルムを保管する場所の環境を整えておくしかありません。
企業内でマイクロフィルムが収蔵されている場所は、最初に「異臭を感じた部屋」といわれるところが多いかもしれません。こうしたところでは常に空調管理を徹底し、室内の温度や湿度が上がらないよう状態管理しなければなりません。
マイクロフィルムはクッキー缶やパウチ袋、ビニル袋などで密閉状態になっている場合がほとんど。こうした密閉環境にあるマイクロフィルムは、定期的に取り出して再生し、外気に触れさせることが重要です。
また、マイクロフィルムは再生機がないと閲覧できないことから、金融関係企業では「マイクロフィルム室」を設けているケースが多いと考えられます。こうした専用の部屋は窓がない場合も多く考えられます。こうした場合は換気が非常に難しく、また膨大な所蔵フィルムのすべてを開封していく作業には膨大な労力とコストが必要となってしまいます。
結論として、なかなか「ビネガーシンドローム」を防ぐことは難しい、と言わざるを得ません。
このように、マイクロフィルムを活用しつづけるということは、多大なコストを支払うことに他なりません。このような状況から、いま多くの企業では「マイクロフィルムをこのまま活用し続けるか否か」についての検討・判断に入っています。マイクロフィルムは再生機のある場所でしか情報に触れることは出来ません。こうした「場所に依存した情報圧縮方法」が、インターネット社会となった現代に相応しいのかどうか。こうした点も含め、企業としてより多くのメリットがある媒体はどれなのか。多くの企業が判断を求められているのです。